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京都地方裁判所 昭和55年(行ウ)13号 判決 1982年10月15日

京都市左京区聖護院川原町三五番地

原告

玉村貢

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

京都市左京区聖護院円頓美町一八番地

被告

左京税務署長

藤岡文雄

右指定代理人

高須要子

本落孝志

野村純弘

速水彰

生駒禎助

中村秀一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五四年一〇月一二日付でなした原告の昭和五二年分所得税の更正処分のうち、分離長期譲渡所得金額について一四六万九六九〇円を超える部分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、洋品雑貨小売業を営む者であるが、昭和五二年分(以下「本件係争年分」という。)所得税の確定申告書に、別表一の(一)のとおり総所得金額を六五万四六〇六円、分離長期譲渡所得の金額を零円、還付金の額に相当する税額を二万二九一二円と記載して法定申告期限までに申告したところ、被告は昭和五四年一〇月一二日付で同表(二)のとおりの更正処分(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。原告は、同月二三日同表(三)のとおり異議申立をしたが、昭和五五年一月八日これを棄却する旨の決定がなされたので、さらに同月二三日同表(五)のとおり審査請求をしたが、同年九月一九日棄却の裁決がなされ、同年一〇月一五日ころ裁決書の送達を受けた。

2  しかし、原告の本件係争年分における分離長期譲渡所得金額は、以下に述べるとおり異議申立及び審査請求にかかる一四六万九六九〇円とするのが正当であり、本件更正のうち分離長期譲渡所得金額について右金額を超える部分は違法で取消されるべきである。

(一) 原告は、昭和五二年五月三一日事業用資産である京都市中京区西ノ京北円町三五番四宅地八三・〇一平方メートル及び同地上の木造スレート葺二階建居宅、床面積一、二階計一三五平方メートル(以下、これらを「中京物件」という。)を福本繁樹外一名に対し七五〇万円で売却した。

(二) 原告は、同年六月一〇日租税特別措置法(昭和五三年法律第一一号による改正前のもの、以下「措置法」という。)三七条一項(表一四号)規定の買換資産の特例(以下「本件特例」ともいう。)の適用をうける目的で、京都市山科区西野大鳥井町一〇〇番一二一宅地四七・二六平方メートル及び同地上の専有部分の建物の家屋番号大鳥井町一〇〇番一二一、木造瓦葺二階建居宅、床面積一階二四・一六平方メートル、二階二二・五四平方メートル(以下、これらを「山科物件」という。)を橋詰三郎から六五〇万円で買受けた。

(三) 山科物件は染工場であり、これを貸間として賃貸するには修繕改造しなければならない状態であった。そこで、原告は、山科物件を賃貸借物件にするための改造工事に着手したが、右工事を特定の工務店に依頼せず、原告において購入した建設材料を用い、複数の大工職人に請負わせて徐々に改造をすすめ、昭和五三年四月ころ賃貸借の用に供しうる程度の物件にした。

(四) 原告はそのころ不動産業者であるたいしょう不動産に山科物件の賃借人をさがすよう依頼したが、結局昭和五四年三月になってようやく山科物件を賃貸しこれに賃借人が入居した。

(五) 本件特例の適用をうけるためには、買換資産の取得の日から一年以内にこれを事業の用に供することが必要であるが、右「取得の日」とは、当該買換資産の目的物件を取得したときと解すべきである。

これによれば、本件において原告が山科物件を取得した日は、一応の改造工事が完成し貸間住宅とした昭和五三年四月というべきである。そして、山科物件には右取得の日から一年以内に賃借人が入居しているから、本件特例は当然適用される。

(六) 本件特例にいう「事業の用に供する」とは、現実に事業の用に供しなくても、事業の用に供しうる状態となり、かつ、事業の用に供しうるための行為があれば足りると解すべきである。けだし、このように解釈し運用しなければ、諸々の状況のもとで賃借人が見つからなかった等の場合に、納税者の意思にはなんらかかわりなく、みすみす本件特例の適用をうけることができず、損を蒙ってしまう結果が生じてしまうからである。

本件において、原告が山科物件を取得した日が昭和五二年六月一〇日であるとしても、原告はそれから一年以内である昭和五三年四月ころ、山科物件の改造工事を一応完成して賃貸しうる状態にし、不動産業者に賃借人をさがすよう依頼しているので、本件特例が適用されるべきである。

(七) 原告は、昭和五三年三月一日被告に買換承認申請書を提出し、被告から買換資産の取得の時期を同年一二月三一日に延長する旨の承認を得ており、少なくとも同年一〇月ころには、本件特例の適用をうける目的で山科物件を賃貸用のために改造しているので、本件特例の適用がある。

(八) 本件特例の適用をうけた場合、原告の本件係争年分における分離長期譲渡所得金額は、異議申立及び審査請求にかかる金額となる。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の冒頭部分は争う。

同2の(一)の事実は認める。

同2の事実のうち、本件特例の適用をうける目的であったことは否認し、その余は認める。

同2の(三)の事実は不知

同2の(四)の事実のうち、昭和五四年三月に山科物件に賃借人が入居したことは認め、その余は不知

同2の(五)は争う。原告が山科物件を取得したのは昭和五二年六月一〇日である。

同2の(六)は争う。

同2の(七)のうち、原告が被告から買換資産の取得の時期を昭和五三年一二月三一日に延長する旨の承認を得ていることは認め(但し、買換の承認を得たのは、原告が申請時において未だ取得していないアパートについてである。)、その余は争う。

三  被告の主張

1  分離長期譲渡所得金額の算定について

原告の本件係争年分における分離長期譲渡所得金額の算定は別表二のとおりであり、本件更正にかかる五〇七万六二〇〇円となる。

2  本件更正の適法性について

以下に述べるとおり、右分離長期譲渡所得金額の算定について本件特例の適用はなく、本件更正は適法である。

(一) 原告は昭和五三年三月一日被告に買換承認申請書を提出したが、右申請書には、買換予定資産につき、種類はアパート、取得価額の見積額は七五〇万円、取得予定年月日は同年一二月三一日と記載されていた。被告は右申請を承認するとともに、買換予定資産を同日までに取得しなかった場合等には修正申告をしなければならないこと等を右承認にかかる承認書の余白に注記して原告に通知した。

被告が買換資産取得の時期を延長する旨の承認をしたのは、右承認申請時に、原告において、未だ取得していないアパートについて、それを昭和五三年一二月三一日までに取得することを承認したものである。右承認申請時までに既に原告が取得していた山科物件はこれに含まれない(なお、山科物件をもって買換資産とするのであれば、右のような買換承認申請に対する承認を得る必要はない。)。

被告は、昭和五四年八月ころ原告において買換資産を取得したかどうかについて調査したところ、昭和五三年一二月三一日までに買換資産の取得はなく、かつ、修正申告書の提出もされていなかった。

したがって、原告が買換資産を取得したとはいえない。

(二) 原告は、昭和五四年八月三日被告と担当職員に前記買換承認申請書記載のアパートを取得できないため、山科物件のうち建物を買換資産として本件特例の適用をうけたい旨の申出をした。そこで、被告は山科物件がその取得の日から一年以内である昭和五三年六月一〇日までに事業の用に供されたかについてさらに調査を重ねたところ、山科物件は同日までに事業の用に供されていないことが判明したので、本件特例の適用はないとして修正申告書の提出を慫慂した。

本件特例の適用をうけるためには、買換資産についていえば、その取得の日から一年以内に事業の用に供することが必要であり、事業の用に供しうる状態では足りない。けだし、このことは、措置法三七条の二が、買換資産の取得をした日から一年以内に、「当該個人の事業の用に供しない場合又は供しなくなった場合には」修正申告等をしなければならない旨を規定しているところから明らかである。そして、実質的にも、事業の用に供しうる状態にあっただけでは、必ずしも将来現実に事業の用に供されるとは限らないのであって、かかる場合にまで課税の特例を認めねばならない理由はない。

したがって、原告は山科物件を取得した昭和五二年六月一〇日から一年以内にこれを事業の用に供したことを要するところ、原告は昭和五四年三月山科物件を小林哲明に賃貸借したが、取得後右賃貸借するまでの間右物件を空家としていたのであり、取得後一年以内に事業の用に供さなかった。

なお、原告は、山科物件を賃貸用のために昭和五三年一〇月ころ改造したとも主張しているが、仮にこれが事実であるとするならば、取得後一年以上経過してから賃貸用のために改造したにすぎないのであって、山科物件を事業の用に供していないことは明らかである。

また、仮に山科物件を承認をうけた取得予定日である昭和五三年一二月三一日までに事業の用に供すれば足りると解するならば、資産の譲渡と同一事業年度に買換資産を取得した場合において、買換資産取得の時期を延長する旨の承認を得ておけば、その取得予定日までに事業の用に供すれば足りることとなり、これは、取得の日から一年以内に事業の用に供することとした法に反することとなるから、右のように解することはできない。

(三) 以上のとおり、原告は買換資産を承認をうけた昭和五三年一二月三一日までに取得していないし、仮に山科物件を買換資産として取得していたとしても、法定期限の昭和五三年六月一〇までに事業の用に供していないので、本件特例の適用はない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証

2  原告本人

3  乙第六ないし第八号証、第一〇号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

二  被告

1  乙第一ないし第一〇号証

2  甲第一号証の成立は知らない。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告の本件係争年分の分離長期譲渡所得金額の算定において、措置法三七条一項の規定による特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例(本件特例)の適用があるか否かについて検討する。

1  原告が昭和五二年五月三一日事業用資産である中京物件を福本繁樹外一名に対し七五〇万円で売却したこと、原告が同年六月一〇日山科物件を橋詰三郎から六七〇万円で買受けたこと、原告が昭和五三年三月一日被告に買換承認申請書を提出し、被告から買換資産の取得の時期を同年一二月三一日に延長する旨の承認を得たこと、原告が昭和五四年三月山科物件を賃貸し、賃借人がこれに入居したことは当事者間に争いがない。

2  まず、原告は山科物件の取得の日を昭和五三年四月であると主張するが、措置法三七条一項にいう資産の取得とは所有権その他の財産権そのものを取得することであって、これをいかなる用途で取得したかにより取得の日を異にすべきではないから、原告主張のように山科物件を貸間住宅とした日をもって取得の日と解することはできない。したがって、前記買受日である昭和五二年六月一〇日が山科物件の取得の日となることは明らかであり、これが昭和五三年四月であることを前提とする原告の主張は採り得ない。

3  措置法三七条一項の規定によれば、本件特例の適用をうけるためには、買換資産を取得した日から一年以内に事業の用に供すること、または供する見込みであることを要する。但し、一年以内に事業の用に供する見込みであるとして本件特例の適用をうけた場合にも、現実に、一年以内にこれを事業の用に供することができなければ、本件特例の適用はないこととなるので、この旨修正申告書を提出しなければならない(措置法三七条の二第一項)。

ところで原告は、右「事業の用に供する」とは、事業の用に供しうる状態となり、かつ、事業の用に供しうるための行為があれば足りると解すべきである旨主張する。

しかし、本件特例は、特定地域からの転出等一定の条件のもとで、事業用資産の更新を容易にして、産業設備の合理化及び近代化、工場移転による産業立地の改善等を積極的に図ってゆくという政策目的をもって設けられたものであって、買換資産を取得した後これを事業の用に供するまでに一年の猶予期間を定めているのは、これが一般に事業用資産の更新のために必要にして、かつ、充分な期間であるとともに、前記立法目的の潜脱を防止するためであると解される。したがって、文言上「事業の用に供する」ことの意義を原告主張のように拡張して解することができないのみならず、規定の趣旨からもそのように解し得ないものといわなければならず、この点に関する被告の主張は正当である。

そうすると、原告は前記山科物件の取得の日である昭和五二年六月一〇日から一年以内にこれを現実に事業の用に供しなければならないところ、原告は昭和五四年三月に至って山科物件を賃貸し、賃借人が入居したものであることは先に述べたとおりであり、原告本人尋問の結果によれば、原告は山科物件買受後右賃貸に至るまではこれを空家とし、他に賃貸していないことが認められ、その間山科物件を事業の用に供したとの証拠はない。これによれば、原告は山科物件をその取得後一年以内に事業の用に供していないものといわなければならない。原告は、昭和五三年四月ころまでに山科物件を賃貸のために改造し、不動産業者に賃借人をさがすよう依頼したと主張するが、仮にこれが認められるとしても、右は賃貸のための準備行為にすぎず、これをもって右物件を不動産賃貸の事業の用に供したものといい得ないことは明らかである。

4  原告は、被告から昭和五三年一二月三一日までに買換資産の取得日を延長する旨の承認を得ていたことをもって、このときまでに山科物件を事業の用に供すればよいと主張するが如くであるが、山科物件は買換承認申請書を提出した昭和五三年三月一日には既に取得していたものであり、しかも、成立に争いのない乙第二及び第三号証によれば、原告は被告に対し、右買換承認申請書に、買換予定資産の種類をアパート、取得価額の見積額を七五〇万円、取得予定年月日を昭和五三年一二月三一日と記載して提出し、被告はこれを承認したことが認められるので、山科物件が被告承認にかかる買換予定資産に含まれないことは明白である。したがって、山科物件についてこれを昭和五三年一二月三一日までに事業の用に供すればよいとする理由はない。

なお、原告が、被告の右承認にかかる買換予定資産を、昭和五三年一二月三一日までに取得したとの事実は、本件全証拠によるも認められない。

5  以上によれば、原告の本件係争年分の分離長期譲渡所得金額の算定において、本件特例を適用することはできない。

三  中京物件の譲渡価額は先にみたとおり七五〇万円であり、成立に争いのない乙第一号証によれば、別表二の(二)の必要経費は審査請求における原告の申立額であることが認められるので、原告の本件係争年分の分離長期譲渡所得金額は同表の(四)のとおり五〇七万六二〇〇円となり、本件更正に原告主張の違法は存しない。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田坂友男 裁判官 小田耕治 裁判官 森高重久)

別表一 課税の経緯

〈省略〉

注 所得から差し引かれる税額は、先ず総所得から控除し、控除しきれない金額があるときは長期譲渡所得の金額から控除する。

別表二 分離長期譲渡所得金額の算定根拠

〈省略〉

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